2006年版 どうでもいいような道草話集
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 1月1日(日)の記事
 初夢

 初夢は、新年に初めて見る夢。
この夢の内容で、1年の吉凶を占う風習。
12月31日から1月1日にかけての夜は眠らずに過ごすのが一般的だった為、
1日から2日にかけての夜に見る夢を初夢とした。

室町時代頃から、良い夢を見るには、

七福神の乗った宝船の絵に
『永き世の遠(とお)の眠(ねぶ)りの皆目覚め 波乗り船の音の良きかな』
という回文の歌を書いたものを枕の下に入れて眠ると良いとされている。
これでも悪い夢を見た時は、翌朝、宝船の絵を川に流して縁起直しをする。

初夢に見ると縁起が良いものを表すことわざに
『一富士、二鷹、三茄子』というものがある。
この三つの組み合わせは、江戸時代初期にはすでにあったが、その起源については諸説ある。
また『四扇、五煙草、六座頭』と続く事もある。

*駿河国での高いものの順。富士山、愛鷹山、初物のなすの値段
*富士山、鷹狩り、初物のなすを徳川家康が好んだことから
*富士は日本一の山、鷹は賢くて強い鳥、なすは事を「成す」
*富士は「無事」、鷹は「高い」、なすは事を「成す」という掛け言葉


《初夢占い》
自分の名前から初夢で見ると縁起が良いものを占う。
http://omaru.cside.tv/pc/pcdream.html

《初夢占い - 楽天woman占い》
初夢で見たものから今年の運勢が判ります。
http://girls.www.infoseek.co.jp/fortunes/special/hatsuyume

 1月6日(金)の記事
 春の七草

■ 七草粥とは
1月7日に無病息災を祈って、
春の七草『芹(セリ)・薺(ナズナ)・五形(ゴギョウ)・繁縷(ハコベラ)・仏の座(ホトケノザ)・菘(スズナ)・清白(スズシロ)』
ゴギョウはハハコグサ、ハコベラはハコベ、スズナはカブ、スズシロはダイコンの入った粥。
七草粥の習慣は、平安時代に「四辻の左大臣」が                       
『せりなづな 御形はこべら 仏の座 すずなすずしろ これぞ七草』と詠んでから、   
春の七草として定着した。江戸時代に広まったそうです。
 
■ 七草粥の知恵 
七草は、早春に一早く芽吹くことから邪気を払うと言われました。
そこで、無病息災を祈って七草粥を食べたのです。
古くはまな板の上で
草をトントン叩いて刻むその回数も決められていたとか。
こんな、おまじないのような食べ方も素敵ですが
この七草粥とても理に叶った習慣です。
七草は言わば日本のハーブ。
そのハーブを胃腸に負担がかからないお粥で食べようというのですから
正月疲れが出はじめた胃腸の回復には丁度良い食べ物なのです。 
 
■ 七草の効用 
セリ : 鉄分が多く含まれているので増血作用が期待できます。
ナズナ : 熱を下げる、尿の出をよくするなどの作用があります。
ハコベラ : タンパク質が比較的多く含まれ、ミネラルその他の栄養に富んでいる為、
       古くから薬草として親しまれています。
スズナ・スズシロ : ジアスターゼが消化を促進します。 

勿論、何れもみずみずしい緑の草ですから、ビタミンがたっぷり含まれています。
緑が不足しがちなお正月、滋養豊かな七草粥を召し上がれ!

 1月11日(水)の記事
 鏡開き

 鏡開き(かがみびらき)とは、正月、年神様に供えた鏡餅を雑煮や汁粉にして食べ、
一家円満を願う行事である。 鏡割り(かがみわり)とも言う。

元々は、武家社会の風習だったが、一般化したもの。
刃物で切るのは、切腹を連想させる為、手で割ったり、木鎚で砕いたりする。
また「切る」という言葉を避けて「開く」という縁起の良い言葉を使っている。

元々は1月20日に行われていたが、徳川家光が亡くなったのが二十日(慶安四年四月)であった為
1月11日に変更され、現在に至っている。
何故、11日なのかは不明。
今でも1月20日に行う地方がある他、京都では1月4日に行われる。

 1月13日(金)の記事
 小正月の行事

養蚕が盛んだった秩父では『繭玉飾り』を行います。
米粉で作った団子を繭の形した繭玉や丸い形、臼、鳥、小判など縁起の良い物を枝に刺して、
神棚【オシラサマ(蚕神様)】にお供えしたり、
台所や座敷に飾って米や繭など農作物の豊作を願うものです。

長瀞辺りでは『削り花』『削り掛け』といって、
竹柳の枝先をササラ状にして、稲の穂垂れの様子をかたどった物を、
門前や家の中に吊るしたりするそうです。

地域によっては、この日の朝には小豆粥を食べる習慣もあります。
古くは『土佐日記』や『枕草子』などにも、
小正月に小豆粥を食べた事が記されています。
 
秩父市上吉田大波見地区では『どんど焼き』と呼ばれるお焚き上げが行われます。
(今年は、明日14日、日が落ちてからです)
わらや竹などでやぐらを組んで、松の内が過ぎて不要になった門松などを燃やし、
家族や地域の無病息災を祈ります。
また、習字を燃やすと字が上手になるとも言われています。
火祭りの煙を嗅いだり、身体に浴びたりすると風邪を引かないと言い、
煙を拝んだだけでも長命のご利益があると言われています。
門松の燃えくじを持ち帰り、トボウ(家の入り口・玄関)に吊るす。
こうして置くと、火難除け・疫病除けになると伝えられています。

『どんど焼き』は、宮中の儀式、左義長が民間にも広まったもので、
さいと焼きなどとも呼ばれ、
「どんど」は、火がどんどん燃える様を表したもの、
あるいは、本来「とんと」で、「尊と」なのだと言われています。
また、「さいと」は、道祖神を祀ってある所を表す言葉で、
この行事が道祖神信仰と結びついていた地域が多いそうです。

 1月16日(月)の記事
 白鷺

 

 一般的には、白鷺と呼んでいますが
『コサギ(小鷺)』でコウノトリ目 サギ科だそうです。
白鷺は、慈悲、世俗の超越、合格をあらわす鳥とされています。          
古来、鳥は
この世とあの世を結ぶ使いの役割を持つものとされていたそうです。
昔は、白鷺を蓮の根と共に描き、
全ての重要な科挙試験(国家試験)に合格するという願が込められていた。

 1月19日(木)の記事
 日本酒コラム
        その 一

 雪見酒・花見酒・月見酒…
昔から日本人は、季節を愛でながらお酒を楽しむ
と言う文化を育んできました。
四季により、肴により。冷で燗でと色々な味わいを楽しませてくれる日本酒。
そんな日本酒についてのお話…

『下戸(げこ)』「笑い上戸・泣き上戸」
お酒が飲めない人の事を「下戸」と言いますが、
その語源は701年施行の大宝律令に遡ります。
律令では、成人男子の数によって世帯は4つに分けられていました。
8人以上は大戸。6〜7人は上戸。4〜5人は中戸。2〜3人は下戸とよばれていました。
この分類は生活の隅々までランク付けされていて、
婚礼の酒は上戸8升。下戸は2升が分相応とされていたそうです。
この事から「酒を多く振舞える上戸と振舞えない下戸」となり、
それが何時しか「酒を沢山飲む上戸と飲めない下戸」と解釈されるようになったのです。
最近では『上戸』と言う言葉は聞かれなくなりましたが、
派生した言葉に「泣き上戸」「笑い上戸」があります。

 1月20日(金)の記事
 大寒

 『大寒』とは、昔の暦の二十四節気の一つ。
今の暦で言うと1月20日頃から2月4日の立春までの約2週間位がそれに当たる。
天文学的には、天球上の黄経300度の点を太陽が通過する瞬間。
「寒中」の真ん中で、この頃は冬の間でも最も寒い時期と言われ、
最低気温が観測されるのもこの時期が一番多いようです。
また、凍り豆腐や寒天など寒気を利用した食物が仕込まれる時期でもあります。

二十四節気(にじゅうしせっき)とは、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、
それぞれをさらに6つに分けた24の期間である。特にその始まりの日のことを指します。
春:立春(2/4)  雨水(2/19)   啓蟄(3/6)   春分(3/21)   清明(4/5)   穀雨(4/20)
夏:立夏(5/5)   小満(5/21)   芒種(6/6)   夏至(6/21)   小暑(7/7)   大暑(7/23)
秋:立秋(8/7)   処暑(8/23)   白露(9/8)   秋分(9/23)   寒露(10/8)  霜降(10/23)
冬:立冬(11/7)  小雪(11/22)  大雪(12/7)  冬至(12/22)  小寒(1/5)   大寒(1/20)  
*日付は年によって変動するので大体の日付です。

 1月21日(土)の記事
 日本酒コラム
        その二

 泥酔とは読んで字の如く酔って泥のようになってしまう事。
但し、この泥とは土ではありません。
『泥(でい)』と言う骨の無い生き物の事なのです。
泥は、南の海に棲み、海中では生き生きとしているものの、
陸に上がると水分が無くなり、のた打ち回りながらグニャグニャなってしまう。
その様は、まさに飲みすぎて足元がおぼつか無い様子にそっくりな事から
『泥酔』と言う言葉が出来たのだと伝えられています。

*但し『泥』は、中国の唐の時代から伝わる『架空』の生物です。

 1月22日(日)の記事
 日本酒コラム
        その三

 お屠蘇:『屠蘇』とは「蘇」という悪鬼を屠(ほふ)るという意味であり、
一年間の邪気を払い長寿を願って正月に飲む薬酒である。
「一人これを飲めば一家病無く、一家これを飲めば一里病無し」と言われ、
正月の祝い膳には欠かせないものとなっている。

数種の薬草を組み合わせた屠蘇散(とそさん)を日本酒や味醂に浸して作る。
小・中・大の三種の盃を用い、正式には年齢の若い者から順に飲む。

味醂(本みりん。元来は飲用する甘い酒)で作った屠蘇は飲用に適するが、
みりん風調味料は調味料として合成されたものであり、発酵調味料は塩からいので、飲用には適さない。

正月に屠蘇を飲む習慣は、中国では唐の時代に始まり、日本では平安時代からと言われている。
宮中では、一献目に屠蘇、二献目に白散、三献目は度嶂散を一献づつ飲むの決まりであった。
貴族は屠蘇か白散のいづれかを用いており、後の室町幕府は白散を、江戸幕府は屠蘇を用いていた。
この儀礼は、やがて庶民の間にも伝わるようになり、
医者が薬代の返礼にと屠蘇散を配るようになった。
現在でも、薬店が年末の景品に屠蘇散を配る習慣として残っている。

屠蘇散は、一説には三国時代の名医・華佗の処方によるものと言われている。
その処方は色々あるが中国漢方のバイブル的書物『本草綱目』では
赤朮・桂心・防風・抜契・大黄・鳥頭・赤小豆を挙げている。
現在では、猛毒の鳥頭などは使わず、山椒・細辛・防風・肉桂・乾薑・白朮・桔梗などを用いるのが一般的である。
健胃薬としての効能があり、初期の風邪にも効くと言います。

 1月23日(月)の記事
 喉の痛みには…

*風邪のひき始めに焼きみかん!
風邪にかかったかな?と思ったら果汁を飲むのが早道!
みかんは、よく洗って水気を取り、丸ごと弱火で焼きます。
時々転がしながら、皮がほぼ黒くなるまでじっくり焼くのがコツ!
そのまま食べてもOK!!
焼いたみかんの果汁を搾り、生姜汁を少量加えて飲むと更に効果的!

*梅肉エキスを水で薄めてうがいする。

*番茶に塩を5g程入れてうがいする。

*ミョウガのしぼり汁でうがい
ミョウガを3〜4個布に包んでつぶし、搾り汁を取ります。
これに同量の酒を加えてうがい液にする。
一日に数回うがいをすると、熱が取れて痛みが治まります。

*お酢と塩を入れた水でうがいする。
お酢は、喉の痛み、喉の炎症、イライラを鎮めます。
ぜんそくや風邪の際の呼吸を楽にします。
風邪の引き始めには、お酢とハチミツ、生姜の摩り下ろしを混ぜ、お湯で割って飲むのも効果的。
身体ポカポカ、喉も楽になります。

*大根アメ
大根を輪切りさいの目に切ったものに水飴や蜂蜜をかけておくと大根がしぼんで透明な液体が出ます。
大根を取り除き、液体を飲みます。

*きんかん
キンカンの実10個、氷砂糖と一緒に煎じお茶のかわりに飲むと喉の痛みに効果があります。

*黒豆
黒豆と砂糖または黒砂糖を加えて煎じます。煎じた汁を飲むと咳止め、または喉の痛みにも有効です。

 1月24日(火)の記事
 日本酒コラム
        その四

【日本酒コラム…その三】に記載した屠蘇は、薬草酒。
血行を良くする日本酒に、薬草以外にも身近な食材を合わせるとプラス効果があるそうです。
焼酎にレモンや梅干などを入れるのと同じ効果です。
例えば、
*梅干は、悪酔いを防いで、新陳代謝を促進する。
*蒸して摩り下ろしたニンニクとレモン汁を入れると疲労回復に効く。
*下ろし生姜を入れて燗酒にすれば、冷え性に良い。
*炒ってみじん切りに下椎茸を入れ、ぬる燗にすると糖尿病に…
*昆布を入れると血圧を下げる。

かの、酒豪だったと言われる上杉謙信は、梅干を肴にしたそうです。
日本酒好きの方が、日本酒を日本酒として美味しく飲めるかどうかは分かりませんが、
体調不良の時には、お試し下さい。

 1月24日(火)の記事
 こうのとり

 誰もが知る「赤ちゃんを運んでくるこうのとり」の神話は、ヨーロッパの言い伝え。
ヨーロッパでは、こうのとりが家の屋根に巣を作り、卵を産むと、
その家には幸運がやって来ると言う言い伝えもあるそうです。

昔は、日本にも野生のコウノトリが沢山いたそうです。
現在では、まれに繁殖地の中国東北部やロシアの沿岸州から数羽飛来してくる程度
となってしまっているそうで、
特別天然記念物に指定されています。

 1月25日(水)の記事
 日本酒コラム
        その五

 「酒に塩」「枡酒に塩」は、どちらも本来は神への供物で、酒の味を引き締めるのと同時に、
宗教的な、清めの意味も有るようですね。

「テキーラに塩」は、高地での塩分補給が習慣化したものだそうで、
メキシコでは、麦酒にも塩とレモン汁を加えるそうです。

「ソルティー・ドッグ」は、グラスのふちを塩で白くスノースタイルにしたカクテル。
口中に広がる塩味とウォッカ、グレープフルーツジュースの酸味の組み合わせが爽やかです。
名前の”ソルティー・ドッグ”とはイギリス船で甲板員をさします。
アメリカの西海岸で大流行したカクテル。

 1月26日(木)の記事
 日本酒コラム
        その六

 【本醸造】
酒税法で定められた特定名称酒の内、精米歩合70%以下の白米、米麹、
醸造アルコール(サトウキビや米などの穀類を発酵させた後に蒸留したエチルアルコール)、
水を原料として製造され、香味、色沢が良好なものを「本醸造」と呼ぶ。
この場合、醸造アルコールの添加量は白米重量の10%以下(アルコール分95%換算)でなければならない。

「本醸造酒」の内、精米歩合が60%以下など製造上に工夫のあるものは特に【特別本醸造酒】と呼ぶ。


【純米酒】
原料に米、米こうじ、水だけを使った日本酒。
精米歩合が70%以下のもので香味、色沢が良好のものを「純米酒」と呼ぶ。
略して「純米」と呼ぶ場合も多い。

「米と米こうじ」でと、わざわざ断らねばならないほど、多くの日本酒にアルコールや糖類、
酸味料などの添加物が加えられている。

「純米酒」の内、精米歩合が60%以下など製造上に工夫のあるのものは特に【特別純米酒】と呼ぶ。


【吟醸酒】
米、米麹、醸造アルコール、水を原材料に作られた日本酒 。
精米歩合が60%以下(お米の外側を削ること)
醸造アルコールの添加量が白米重量の10%以下
吟醸造りとは醪(もろみ)の段階で低温で長期(だいたい25日以上)経過をとる造り方。

さらに精米歩合を50%以下にしたものを【大吟醸】と呼ぶ 。


【亀口酒】
亀口とは、もろみを圧搾機(酒槽=さかふね)で搾り、
出口(ふなぐち)から流れでた原酒を受け入れる容器の総称です。

本来は、仕込み中の酒蔵でなければ堪能できない生酒です。成分未調整のその日の絞り立てのお酒です。

 

現在は姿(分類名称)を消した
【一級酒と二級酒】
昭和15年(1940年)にアルコール濃度の規格ができ、政府の監査により日本酒級別制度が設けられ、
「特級酒」「一級酒」「二級酒」という区分がなされるようになった。
この制度は平成4年(1992年)まで続いた。

特級と一級は国税局の審議会で審査を受けそれに合格した酒。
ニ級はその審査を受けなかった酒のことです。
ですから、地方に行くと特級に負けないほどの美味しいニ級酒があったりしました。

 1月26日(木)の記事
 日本酒コラム
        その七

 【貯蔵年数】
一年以上貯蔵・熟成された清酒には、貯蔵年数を表示することができる。
酒造メーカーによっては、1年以上熟成した酒に古酒・古々酒・大古酒・熟成酒・秘蔵酒などの
名称を冠して販売することがある。
年数と用語に関する統一された基準はない。
【原酒】
上漕後、加水調整(アルコール分1%未満の範囲内の加水調整を除く)をしない清酒。
【生酒】
製成後、一切加熱処理をしない清酒。
牛乳などと同様に生もので劣化しやすいので、鮮度には注意が必要であり、冷蔵保存する必要がある。
【生貯蔵酒】
製成後、加熱処理をしないで貯蔵し、製造場から移出する際に加熱処理した清酒。
貯蔵期間については規定されていない。
【生一本】
単一の製造場のみで醸造した純米酒。
【樽酒】
木製の樽で貯蔵し、木香のついた清酒(瓶その他の容器に詰め替えたものを含む)。
【生詰酒】
生貯蔵酒とは逆に、製成後、加熱処理をしてから貯蔵し、
製造場から移出する際には加熱処理を行わない清酒。
【ひやおろし】
冬季に醸造した後に春・夏の間涼しい酒蔵で貯蔵し熟成させ、
気温の下がる秋に瓶詰めし出荷された清酒。
【荒走り(あらばしり)】
上槽時、最初に出てくる部分。一般に固形分(おり)が多くなる。
【中取り・中汲み・中垂れ 】
上槽時、中間に出てくる部分。一般に味と香りのバランスが最も良いとされる。
【責め・押し切り】
上槽時、最後に出てくる部分。特に槽搾りにおいて、圧力をかけて圧搾して出てきた部分。

*上記3項目は、圧搾機への圧力のかけ方等で分類されるが、一致した基準はない。

【袋吊り・袋しぼり・雫しぼり・首吊り】
上槽時、もろみを袋に詰め、袋を吊り下げてそこから垂れてくる酒をとる方法。
出品酒等の高級酒に多く用いられる。こうして採られた酒は「しずく酒」と呼ばれることもある。
【斗瓶取り・斗瓶囲い】
上槽時、出てきた酒を斗瓶(18リットル瓶)単位に分け、そこから良いものを選ぶ方法。
出品酒等の高級酒に多く用いられる。
【無ろ過・無濾過】
活性炭濾過による香味調整をしない酒。

 1月28日(土)の記事
 だるま

だるまは今から約300年ほど前、
群馬県高崎市の少林山達磨寺で達磨大師をモデルに作られたのが始まりとされています。
その眉と髭は、日本でめでたい長寿の象徴とされる鶴と亀を表し、
願いが叶う縁起物として沢山の人々に親しまれています。

普通はだるまの左目(向かって右)を入れます。
入れる順序は、密教の術語、阿吽(あうん)から来ています。
阿吽は、元々はサンスクリット語の最初の音「ア」と最後の音「ウン」を表し、
それを物事の始めと終りにあてはめ、それをもって全宇宙を表すと言う壮大な考えに
基づいています。
それを口の形に象徴したのが、阿吽になり寺院の門の両側にある「仁王像」や
向拝の前に据えられている「狛犬」の像に見られます。
向かって右は口を開き、左は口を閉じているのはこの二字を表し、
聖域を守り、邪悪なものから私達を退けてくれます。

日の良い日(大安・友引・先勝)に、招福の始まりには左目(向かって右)に、
満願の折りには、右目(向かって左)に墨を入れ祈願をかけ、神棚または床の間にお祀ります。
選挙の場合はだるまの右目(向かって左)を入れる事が多いようです。
願いが叶った時に片方の目を入れます。
その後、お正月に神社やお寺へ収めます。
願い事のだるまは記念に残しておく人もいますね。また、南向きに置くのが最適だとされています。
『転んでも転んでも心配することはありません。その度に起き上がり、また一から始めなさい。
今度はきっと上手くいくでしょう』  これがだるまの教えです。

だるまの色は、めでたい赤と白の色が一般的なだるまの色となっていますが、
最近では、風水を取り入れた色だるまもあります。
願い事やラッキーカラーなどに合わせて色を選べば楽しみ倍増、効果も倍増するかもしれませんね。


*余談
昔は、向かって右と左、右側が上座(始り)でした。
雛人形も現在は、男雛-左側 女雛-右側ですが、昔は、女雛-左側 男雛-右側でした。
(結婚式の新郎新婦の座の同じですね!)
現在の雛人形の飾り方は、現天皇のご成婚の時の写真が、左側にと言う事で現在の並び方に成りました。

 1月29日(日)の記事
 卵豆知識
 白玉と赤玉の違いは、卵を産むにわとりの種類が違います。
一般的に白い卵は、卵を産む専用のにわとりで、出回る数も多いのですが、
赤玉は、肉も食べる両用種なので、卵を産む数も少なく値段も少し高めになります。
但し、栄養価には違いはありません…が、鶏の品種によっては違いがあります。
 1月31日(火)の記事
 たまご・卵・玉子
『たまご・卵・玉子』とは、鳥・魚・虫などの雌性の生殖細胞で、大きくなってヒナや幼生となるもの。
いわゆる、動物(生き物)のたまごです。

『卵』は、生のもの。
『玉子』は、料理したものをいう。

『卵』まだ一人前でない人。
 2月3日(金)の記事
 節分

 現在では立春の前日(太陽暦の2月3日か4日)を指しますが、元はそれぞれの季節が終わる日
つまり立春、立夏、立秋、立冬の前日を言いました。
節分につきものの「鬼はらい(やらい)」の行事は、中国の大儺(たいな)が源流で
恐ろしい形相の面をつけた呪師が疫鬼を追い払う行事です。
日本では706年(慶雲3)に、たくさんの人民が疫病で死んだので、土の牛を作って
始めての鬼払い儀式が行われたことが、「続日本紀(しょくにほんぎ)」に記されています。
その儀式は追儺(ついな)といい、朝廷では鎌倉時代まで大晦日の夜に行ったそうです。

節分といえば豆まきですが、節分に豆で邪鬼を払う行事が初めて行われたのは
室町時代の京都で「看聞(かんもん)日記」の1425年(応永32)の記録に記されています。
また、定番の掛け声の「鬼は外、福は内」は「臥雲日件録」1447年(文安4)に
立春前夜に家ごとに豆をまき「鬼は外、福は内」と唱えたと記されています。

やがて江戸時代になると、春を迎える厄払いの行事として、諸国の神社や家庭に広まり
体を豆で撫でて厄を移したり、年齢の数だけ豆を食べたりするようになりました。
また、柊の葉が尖っている事から「鬼の目突き」と呼ばれ
その先に鰯の頭(やかがし)を刺して玄関に掲げると、邪気の侵入を防ぐとされています。
*やかがし(焼か頭)…節分の時の行事で、豆殻や柊に焼いた鰯の頭を玄関に挿しておく事。

最近では、恵方巻(えほうまき)と言って、節分に食べる太巻きがブームになっています。
節分の夜にその年の恵方(歳徳神の住む方角で、その年に吉となる方角→平成18年は南南東)に向かって
目を閉じて願い事を思い浮かべながら、無言で太巻きをまるかじりするそうです。

恵方巻きの具材は何でも良いそうですが、七福神に因んで、干瓢、胡瓜、椎茸、卵焼き、鰻、でんぶ、その等
七種類の具を入れるのが良いとされています。
現在の恵方巻の起源は、豊臣秀吉の家臣・堀尾吉晴が、節分の前日に巻きずしの様な物を食べて出陣し
戦いに大勝利を収めたという故事を元にしていると言われています。

 2月5日(日)の記事
サウナの上手な入り方

サウナに入る前に
こんな状態のときはサウナに入るのはやめましょう!
@極端な寝不足
A食後すぐや空腹状態
B飲酒をしている
C熱がある
Dいつもと体調が違う
※血圧が高い人や心臓が弱い人はサウナに入るのは避けた方が良いです。

サウナ入浴の前に忘れてならない3つの事
@大小2枚のタオルを用意しましょう。
A約2時間の時間が必要です。
B十分に水分を補給。

入浴手順
@シャワーを頭から浴び全身をよく洗って、その後全身をよく拭いてからサウナへ入ります。
A入ったら心も身体もリラックスして座るか横になります。
 始めは低い場所で、次第に高く位置を変えると良いでしょう。
 サウナ室内は低い所で摂氏80〜90度、高い所では100度位になります。
 腰掛けている場合だと足元は約70度、腰の辺りは80度、顔の所は90度位になります。
B一般に入浴時間は8分から12分程度が最適ですが、
 初心者や健康に自信がない人は少し短くして事故がないように気をつけましょう。
Cサウナを出たら冷水浴。手足から体の中心へ向かって徐々に水をかけて身体を冷やします。
  いきなり、水風呂にドブン!は体がビックリするのでやめましょう。
D身体が冷えたのを感じたらタオルでよく身体を拭いて、休憩室や屋外浴で10分〜20分ゆっくり休憩します。
 (この時、水分を摂ると身体に優しいです。)
E上記の3〜5を繰り返します。
 繰り返す回数は1日に3回位が適当で、2回目以降の休憩は30分以上行なうようにしましょう。
 そうすると血管が伸縮して血流がよくなり、筋肉疲労がとれるというのです。
F落汗が目的なら長時間浴か、普通の風呂に入ってからサウナへ入ると効果的です。
 疲れた時は低い温度で長時間浴が有効です。
 痩せたいならくり返し浴をします。サウナに入り、汗が出たら外に出て、汗がひいたらまたサウナに入る。
 これを3〜4回くり返して汗をたくさん出すのがコツです。
G終わりにシャワーか水風呂でからだの熱をとります。汗をよく流し、全身をよく拭きます。
 それからマッサージにかかっても良いでしょう。
 フレッシュ・フルーツジュースなどで水分を補給します。
 そして湯冷めしないようにタオルをかけて横になり、30分くらい安静にして休養します。

【サウナの効果】
酸素摂取を良くして疲労回復
温度刺激でストレス解消
血管が拡張して血圧低下
低温サウナは沈静作用で安眠効果
血行促進で肩こり解消
気化熱のカロリー消化で落汗減量
自律神経を調節して血管強化
交代欲で自律神経の訓練
皮膚や皮下脂肪の洗浄効果

 2月11日(土)の記事
 建国記念日

 元々は1872年(明治5)に、紀元節(きぜんせつ)という名前で始まった記念日です。
「古事記」「日本書紀」の記述に基づき、初代天皇とされる神武天皇が即位した日と言われています。
当初は1月29日が祝日に定められていましたが、翌73年に太陽暦の採用に伴って、2月11日に変更されました。
その後、第二次大戦後に廃止されましたが、1966年(昭和41)に「建国記念の日」という名で復活し、
翌年より実施されています。
制定当初は、まだ成立したばかりの明治政府首脳が天皇を中心とした国家支配体制の正当性を
内外にしめす必要から制定されたと考えられていますが、現在の建国記念の日は
「建国を偲び、国を愛する心を養う日」とされています。

【文化勲章制定記念日】
1937年(昭和11)文化勲章令が定められ文化の発展に優れた業績をあげた各界の人に
文化勲章が贈られる事になりました。

【万歳三唱の日】
1889年(明治22)帝国憲法発布の記念式典で初めて万歳三唱が行われました。

 2月14日(火)の記事
 バレンタインデー

 バレンタインデーは、田園と牧人の神ルペルクス(ファウヌスの別名)を称える
古代ローマのルペルカリアの祭(2月15日)が起源とされており、
この祭りが、兵士の自由結婚禁止政策に反対したバレンタイン司教が、
ローマ皇帝の迫害により西暦269年に殉教した日を記念した祭日(2月14日)と結び付けられて出来たものです。
その後、聖バレンティヌスは恋人たちの守護者とされ、この日は恋人たちの愛の誓いの日となったのです。
日本では1958年頃より流行し始め、お菓子メーカーによって、女性から男性にチョコレートを贈るという、
日本独自の習慣が生まれました。

【チョコレートの日】
日本チョコレート・ココア協会が、バレンタインデーのギフトアイテムとして使われるチョコレートを
さらにPRする為に制定。

 2月14日(火)の記事
 チョコレート

■チョコレートは神様の食べ物
紀元前2000年頃から古代メキシコではカカオは「神様の食べ物」と言われていました。
16世紀の初め頃、アステカの皇帝モンテスマは不老長寿の薬として黄金のカップで1日に
50杯ものチョコラトル(チョコレート)を飲んでいたと言います。
当時のチョコレートは今とは違って、カカオ豆を磨り潰したドロドロした飲み物で、
人々はそれにとうもろこしの粉を加えたり、バニラやスパイスで香りをつけて飲んでいました。
チョコラトルは高価で、誰もが飲めるものではなく
原料のカカオ豆はアステカ族の通貨としても使われていました。
10粒で兎を買う事が出来たそうです。

■カカオ・ポリフェノールの働き
強い酸化力で細胞を老化させ、アレルギーや生活習慣病などさまざまな病気を引き起こす“活性酸素”
チョコレートには、その活性酸素を除去する“抗酸化作用”で話題のポリフェノールが豊富に含まれています。
つまり、チョコレートを食べる事で、活性酸素による肌の錆付きやシミなどの老化を抑える
アンチエイジング効果が期待出来るのです。
動脈硬化を予防するという実験結果も出ていて、健康食品としても優れているんです。

■誤解されているチョコレート
美容や健康に良いと言っても、チョコレートを食べると太ってしまう…と考える方も多いのではないでしょうか?
勿論、食べ過ぎはいけませんが、同じカロリーの他の食品に比べて太りやすいと言う訳ではありません。
むしろ、チョコレートの香りには心を癒す効果がある為、食事制限にイライラしがちな
ダイエットの強い味方になってくれる事も!
また「チョコレートは虫歯になりやすい」というのも誤解のひとつ。
それどころか、カカオに含まれる成分はウーロン茶や緑茶以上に虫歯菌を抑制する働きがあるそうです。

【チョコレートの選び方】
美容効果を期待してチョコレートを選ぶ場合は、乳成分や砂糖の多いミルクチョコレートではなく、
なるべくカカオ含有量の多いビターチョコレートを選びましょう。
カカオ含有量が多いと、それだけカカオ・ポリフェノールが多く含まれていますし、
カロリーも控えめです。
ダイエットにお勧めなのは、カカオ50%以上の物。
噛まずに口の中で溶かすように食べると満腹感が得られるので効果的です。

 2月17日(金)の記事 
 天使のささやきの日
 天使の囁き記念日
北海道幌加内町の「天使の囁きを聴く会」が1994(平成6)年に制定。

天使の囁きとは…空気中の水蒸気が凍ってできるダイヤモンドダストの事だそうです。
1978(昭和53)年、幌加内町母子里の北大演習林で氷点下41.2℃という最低気温が記録されました。
しかし、気象庁の公式記録の対象から外れていたため、1902(明治35)年1月25日に
旭川市で記録された氷点下41.0℃が公式の日本最低気温となっています。
これをプラスイメージに変えようと、町内の若者グループが中心となり、
この日ダイヤモンドダストの観察等厳冬の一夜を体験する「天使の囁きを聴く集い」を
1987(昭和62)年から開催している。

ダイヤモンドダストとは…気温が−15〜20度位になり、
よく晴れていて風がほとんどないような冬のとても寒い日
空気中に氷の結晶が、キラキラと浮かんで見える事があります。
これがダイヤモンドダスト。
氷の結晶に太陽の光が当たりダイヤモンドのように輝いて見える事からこう呼ばれています。

普通、空気中の水分は上空で雲になり、雨や雪になって地上に降りてきますが、
ダイヤモンドダストは、空気中の水分が雲になる前に急に冷やされ、直接氷の結晶になったもの。
とても寒い気候に加えて、空気中の湿度が低いと氷の結晶が出来ない為、
ダイヤモンドダストは珍しい現象なんです。
 2月23日(木)の記事
 富士山の日

  

パソコン通信「NiftyServe」内のフォーラム「山の展望と地図のフォーラム(FYAMAP)」が制定。
これとは別に、山梨県河口湖町が2001(平成13)年12月に制定。
「ふ(2)じ(2)さん(3)」(富士山)の語呂合せとこの時期、富士山が良く望める事から。


富士山の日ですから富士山のお話を…

昔々のお話です。…と言っても「竹取物語」なのですけども…
竹取り爺さんが竹薮で見つけた小さなかぐや姫が成長して月へと帰ってしまう所で
絵本は終わってしまいますが、原文は続きがあります。
お別れの際、かぐや姫は帝に「アナタとは結婚できませんが、悪く思わないで下さい」と『不死の薬』を渡しました。
しかし帝は「不死の薬など要らぬ…。麿は、ただ一目かぐや姫に会いたいだけなのじゃーッ!」と言って、
沢山の家来を連れて日本一高い山(月に最も近い山)に登り、頂上で『不死の薬』を燃やしてしまった。
というエンディングになっています。
 
そう言う訳で、この山は「不死山」と呼ばれ、
帝と一緒に山を登ったのが「富の士(沢山の武士)」だった事で『富士山』と書くようになったと言う事です。

 2月24日(金)の記事
 クロスカントリーの日

1977(昭和52)年、原野・森林等にコースを設定して走る競技・クロスカントリーの統一ルールによる
初めての大会がイギリスで開催されました。
 
 2月28日(火)の記事
 ビスケットの日

 全国ビスケット協会が1980(昭和55)年に制定し、翌年から実施。
1855(安政2)年、パンの製法を学ぶ為に長崎に留学していた水戸藩の柴田方庵が
同藩の萩信之助にパン・ビスケットの製法を書いた「パン・ビスコイト製法書」を送りました。
これが、ビスケットの製法を記した日本初の文書とされています。
また、ビスケットの語原がラテン語で「二度焼かれた物」という意味の「ビス・コクトゥス(bis coctus)」
であることから「に(2)どや(8)く」の語呂合せの意味も持たせています。


「ビスケット」と「クッキー」の違い
同種類のお菓子ですが、イギリスでは「ビスケット」
               アメリカでは「クッキー」と呼ばれています。
ところが日本では、ヨーロッパから入ってきた「ビスケット」と
その後アメリカから入ってきた「クッキー」が混在している為、2つの名前が使われています。

【ビスケットとクッキーについての豆知識】
まず「ビスケット」について。
語源はラテン語の“Biscoctum Panem(ビスコクトゥム パネム)”「2度焼いたパン」といわれています。

フランス語の「ビスキュイ」
ポルトガル語の「ビスカウト」
オランダ語の「ビスコイト」も同じ意味をもっています。

昔、長旅をする時に食料としてパンを乾かしてもう一度焼いて日もちを良くするように工夫したもので、
古代エジプトの頃には既に作られていました。
ヨーロッパでは昔、航海や軍隊、修道院などの保存食として利用されていました。
コロンブスやマゼランの長〜い航海にもお供したという記録もあるほど歴史の古い食べ物なんです。

初期の原料は大麦、とうもろこしなどを使用していましたが、
小麦を使って本格的に作られるようになったのは16世紀になってからです。

日本には、1543年種子島に鉄砲やカステラと共にやって来ました。ところが当時の人気はいまいち。
ビスケットの需要が高まったのは日清、日露戦争の頃だと言われています。
戦争の際の保存食として今まであまり知られていなかったビスケットが注目され一気に普及、
以後全国に広まったそうです。

次に「クッキー」について。
語源はオランダ語の「クオキエ」(小さなケーキ)。
アメリカに渡ったオランダ人が自家製の菓子をクッキーと呼んだのが始まり。
アメリカで「ビスケット」というのは「やわらかい菓子パン」の事を指すそうです。

フランス語の「サブレ」は、フランスの町の名前でここで作られたクッキーを「サブレ」と呼んだそうです。
だからフランスでは、クッキー=サブレなんです。
また、サブレ[sable] はフランス語で「砂」という意味を持ちます。

因みにイギリスには「クッキー」という言葉がないのでみんな「ビスケット」。 

さて、上で「同じもの」とか言いつつも、
日本ではちゃんとビスケットとクッキーの定義があるらしい。 ちなみにキッチリ分けてるのは日本だけらしい。

(社)全国ビスケット協会と言う所が『ビスケット類の表示に関する公正競争規約』の中で
・ビスケット:小麦粉、糖類、油脂を主原料にして焼いたもの
・クッキー :手づくり風の外観で、糖分、脂肪分の合計が全体の40%以上含まれるもの
        嗜好に応じ、卵、乳製品、ナッツ、乾果、蜂蜜などにより製品の特徴づけをおこなって
       風味よく焼き上げたもの。 
 即ち「含まれる成分のうち糖分と脂肪分の合計が全体の40%以上のもの」がクッキーで、
それ以外がビスケット。だけど、本来は総称してビスケットと呼ばれる。

こうして挙げてみるとビスケット類には色々な種類がありますね〜。
どれも小麦粉が主原料ですが、卵や油脂・乳製品やその他に加える材料によって形や種類も違ってきます。
ビスケット類と呼ばれるものはハードビスケット(針穴模様の外観)・ソフトビスケット(クッキー)
クラッカー・乾パン・パイ・プレッシェル(イーストを使ったもの)・ウェハースもビスケットの遠縁なんですって。

しかし上記の規約の定義は「自主ルール」と言う事らしく、ビスケット協会に加盟してなければ、
ぶっちゃけ関係ないとの事です。 

 3月3日(金)の記事

 【耳の日】
日本耳鼻咽喉科学会が1956(昭和31)年に制定。
「み(3)み(3)」の語呂合せ。また、三重苦のヘレン・ケラーにサリバン女史が指導を始めた日であり、
電話の発明者グラハム・ベルの誕生日でもあります。
耳や聴力への関心を高め、聴覚障害の予防・治療を徹底する為の記念日。

【金魚の日】
日本鑑賞魚振興会が制定。 江戸時代、雛祭りの時に金魚を一緒に飾ったことから。

【ひな祭り】
ここ秩父の、ひな祭りは『4月3日』です。…ですので、ひな祭りについては4月3日に記載します。

 3月5日(日)の記事
 妻は夫を
なぜ「あなた」と呼ぶ?

 妻を「おまえ」と呼び、夫を「あなた」と呼ぶこの呼び掛け。
いつ頃から始まったのでしょう?

なんと江戸時代だそうです。(時代劇の台詞でも使われていますね)

『あなた』とは…あなた、こなた、の「あなた」で、もともとは方向を指す言葉です。

夫といつも離れた位置にいて、表面に出なかった江戸時代の妻たちは、
夫の事を「あなたの人」「あちらの人」と表現していたのです。
「あなた」には「あるかた」という尊称が転訛してきたものだという説もあります。

因みに「おまえ」は最高敬語である「お前様」が次第に簡略化され、のちに男の言葉に変わったものなのです。

 3月6日(月)の記事
 旦那と夫の違い?

旦那とは…単独では敬意を伴わず、むしろぞんざいな言い方であるが、
              「旦那様」の形は極めて敬意の高い言い方、愛情がある敬称なのだそうです。
夫とは…「おひと(男人)」の転で、男の方。配偶者である男。亭主。
「夫」とは結婚した相手に留まらず、本来男性を指す言葉で敬意(愛情)はない言葉なのだそうです。

夫=亭主=主人(一家のあるじ)

 3月15日(水)の記事
  『梅桜桃李』
 「梅には梅の良さ。桜には桜の…桃には桃の…李(スモモ)には李の良さがある。
決して梅は桜にはなれない。桃にも李にも…それぞれがそれぞれの良さを大切にせよ。」の意
 3月19日(日)の記事
 牡丹餅とお萩の違い
春の彼岸には「牡丹餅」を秋の彼岸には「お萩」を作ります。
どちらも「もち米」と「うるち米」を混ぜて炊き、
これを粗くついて作った餅に餡、きな粉、ゴマをまぶしたもので、実は同じ物です。

春は、牡丹の花に寄せて「牡丹餅」
秋は、萩の花に寄せて「お萩」
小豆(あずき)の粒を散らしかけたようなさまが「萩の乱れ咲く」のに似ているところから
「萩の花」とも呼ばれていたようです。
また、「おはぎ」は、女言葉でもあるとか。 昔の人の情緒ある呼び名なのです。
 3月24日(金)の記事
 たんぽぽ

       
   日本タンポポ     西洋タンポポ

道端や空き地、どこでも見かける花ですが、
昔から日本にあった「日本タンポポ」は、今は殆どありません。
今、よく見かけるタンポポは「西洋タンポポ」と言い、100年前に外国からきました。

タンポポの由来には、いくつかの説があります。
まずは、タンポポの別名「つづみ草」とは、タン、ポンという鼓(つづら)の音を真似たという説。
つづみ草の名前は、つぼみの形からついたと言われています。
もう一つの有名な説は、球形の果実穂をタンポ(布で綿をくるんで丸めたもの)に似ているので、
タンポ穂の意味からついたというものです。

・西洋タンポポと日本タンポポとのちがいは、花の外片の様子で分かる。
・西洋タンポポは外片がそり返っているのに対し、日本タンポポは花にくっついている。
・日本タンポポは、昆虫などに助けを借りて受粉するが、西洋タンポポはその必要がない。
・日本タンポポは、集団を作っているが、西洋タンポポはひとり生えもある。

 3月25日(土)の記事
 桜餅
       
     関東風:長命寺      関西風:道明寺

関東の桜餅は、餡をちょっと厚めの生地でクレープのように包んでいるのが特徴です。
勿論、その上から巻く塩漬けの桜の葉は欠かせません。
一方関西の桜餅は、餡をもち米から作ったピンク色の生地で包み
最後に塩漬けの桜の葉を巻いて出来上がり! 丸っこい形のお餅です。

関東風の桜餅のことを「長命寺」
関西風の桜餅のことを「道明寺」と呼んだりもするそうです。

「長命寺」とは、東京の隅田川が流れる江戸文化全盛時代(元禄時代)
長命寺の小僧さんが、桜のはを塩漬けにし、うどん粉と水で生地を作り平鍋で軽く焼いて
桜の塩漬けを三枚重ねて食べたのが始まりとされている。
後に餡を巻いて食べられるようになったのが名の由来だそうです。

「道明寺」とは、高級な餅米粉が道明寺粉である。
大阪藤井寺に菅原道真公の叔母である覚寿尼も在籍なさった歴代の尼寺でそこで最初に作られた事から
由来されている。

そして、意外と知られていないのが、桜餅には欠かせない桜の葉っぱ。
何とこの桜葉の塩漬けは静岡県伊豆地方の大島桜という余り葉毛の少ない桜葉を使い、
静岡県松崎町で全国の約7割が生産されているんです!
 3月26日(日)の記事
 芸者が男名前を
     付ける理由
 貞奴、音吉、市丸、染太郎…など
芸者さんの名前には男と間違えてしまいそうなものが多い事はご存じでしょうか?
これは江戸時代の売色業者の法の網潜りの名残なのですと!

江戸時代は、身分制度がはっきりしていて、
今では想像もつかないほどの人権軽視がありました。
しかし、その徳川幕府でさえも奴隷制だけは厳重に禁止していました。
特に婦女子の人身売買は、極刑に処せられる事になっていました。

しかし古今東西、どの社会にもあるのが売色という制度です。
江戸でも同じ事、吉原では女性を売った、買った、でやり取りをして、
法律など有っても無きが如しの状況でした。
勿論、大っぴらにやっていた訳ではありません。

まず年季奉公の形を取ると言う事。これですと、人身売買にはなりません。
それから、手続き上、養女とする事。
カモフラージュの方法はいくつかあったようです。
その中に女性なのに証文上は男にしてしまう方法もあったのです。
これが現在まで芸者の男名前として続いている訳です。

いつの時代でもお役所仕事は紙の上だけで現実を見ていないものです。
(見て見ぬふりをしていたとも言えますが)
深川では男名前だけでなく、その頃、女性は着なかった羽織まで来て男性化をはかり、
俗に「羽織」といえば深川芸者の事を指すようになりました。

 3月27日(月)の記事
 桜の日
 桜の語源

 日本さくらの会(学校への作植樹などを行っている団体)が1922(平成4)年に制定しました。
さくらと「3(さ)×9(く)=27」の語呂合わせです。

日本の歴史や文化、風土と深く関わってきた桜を通して、
日本の自然や文化について関心を深めてもらうことを目的にしています。


そこで、今夜は『桜の語源』について

● 咲く花の総称である「咲くらむ」からきている説。

●麗らかに咲くという意味の「咲麗(さきうら)」からきているという説。
 さきうら(割先・咲梢)の意で、花弁の先の割けた花が梢いっぱいに咲き匂う美しさを言う。

●動詞「咲く」に接尾語「ら」が付き、名詞になったものとされる説。

●古事記にも登場し、神社の祭神としてしばしば名前を耳にする木花開耶姫(このはなさくやひめ)の
 「サクヤ」からきている説。

●桜は奈良時代から栽植されたが、当時は田の神が来臨する花として
 「信仰」「占い」の為に植えられる事が多かった。
 そのため、桜の「さ」は早苗、早乙女(田植えをする女)、耕作を意味する古語「さ」
 もしくは「神霊」「穀霊」を表す接頭語を意味する「さ」を表し、
 桜の「くら」は神霊が鎮座する場所(馬の鞍と同じ「くら」)を指し「座」を表す
 「さ+くら」で、穀霊の集まる依代(よりしろ)を表すという説。

*古代に「桜」と呼ばれていたのは、現在の山桜のことであったとされる。

 4月3日(月)の記事
 ひな祭り

 秩父では、ひと月遅れの4月3日が『ひな祭り』です。

≪ひな祭りとは…≫
平安時代の京都の風習だった子供の無病息災を願う上巳の節句(じょうみのせっく)と、
ままごとの遊びが江戸時代初期に融合し、女の子のお祭りになったと言われています。

ひな祭りという呼び名は、小さな人形で「ままごと遊び」する事を
『ひいな遊び』と呼んでいたのが語源です。

初めは京都の上流階級の家だけの行事でしたが、しだいに民間の行事となり、
やがては地方へと広まっていきます。
ひな祭りは江戸時代中期にかけて年々盛んになり、人形やひな壇もどんどん派手になっていきました。

厄よけの人形(ひとがた)、天児(あまがつ)・這子(ほうこ)などから出発した雛人形は
最初は立ち姿が主流でした。
時代を経るにつれ豪華な坐り雛が主流になり、江戸時代の最盛期では豪華な金襴を使い、
等身大の人形を飾ったひな壇もあったと言います。
ですが、1721年(享保6)に、贅沢な生活を規制する当時の江戸幕府によって、
年々華美になる雛飾りを禁ずるお触れが再三だされ、ひな人形の大きさは24cm以下と定められました。
明治には従来の節句行事が廃止され、新しい祝祭日が定められた所為で一時下火になった事も
ありますが、人形や年中行事を大切に思う人々の中で受け継がれ、今に至っています。


≪桃の節句≫
ひな祭りのことを別名で『桃の節句』と言いますが、
それは当時の旧暦の3月3日は、現在の4月上旬に当たり、丁度、桃の花も開く頃だったからです。
また江戸時代、ひな祭りの日には銭湯で桃の葉をお風呂に入れた「桃の湯」に入るのが流行していました。
昔話の桃太郎が鬼を退治するように、植物の桃には災いを追い払う効能があると信じられていたからです。


≪関東・関西の違い≫
段飾りの最上段、男雛(お殿様)と女雛(お姫様)の左右の位置が
関東を中心に一般に売られている物と京都を中心とする関西のとでは違います。

関東風は男雛が向かって左、女雛が向かって右になっています。
これは昭和以降の並び方で、昭和天皇のご即位の時、洋装の天皇陛下が皇后陛下の右側、
つまり向かって左に立たれた時の並び順に合わせたもので、現代はこちら向きが全国的に主流です。
これは日本古来の「左上座」つまり左側(向かって右)の上座に男性が居られる
という考え方とは逆になります。

京都は今でも昔の並びに習い、男雛が向かって右に、女雛が左になっているのが主流、
昭和以前のアンティークのおひな様も皆この位置関係に飾られるように作られています。

また好まれる顔も関東関西に違いがあり、
関東は目が大きめで口元が微かにほころびふっくらした可愛らしいお顔が人気だそうですが、
関西ではいわゆる京美人、切れ長の目に鼻筋の通った高貴なお顔が好まれるそうです。


≪段飾りの登場人物≫
江戸時代から始まった段飾りですがひな祭りの有名な歌「うれしいひなまつり」の歌詞に
お内裏様から右大臣までが歌われるので大体の事はご存じかの人も多いはず。

【三人官女】
お姫様のおつきの女官で、楽器を奏で、歌を詠み、家庭教師もこなすキャリアウーマンです。
よく見るとひとりだけ眉がありません。
眉を剃り、お歯黒をつけるのは既婚女性の習慣でしたから、この女官はおそらく年かさの官女長、
あとの二人は若い女性です。

【五人囃子】
単なる楽団ではなく、元服前の貴族の師弟で、
良い所をアピールすれば元服後に宮中で重宝して貰えるかも知れないと言う少年達なので、
実はなかなか彼らの心の中は野心に満ちています。
元服前なので髪型はお殿様とは違い、少年の髪型です。

【右大臣、左大臣】
別名随身(ずいしん)、お殿様のお付きの男性です。
お殿様と一緒に行動し、時には恋の橋渡しなどもします。
向かって右が左大臣でお爺さん、向かって左が右大臣で若者です。
一番下の3人は仕丁(じちょう)
宮中の雑用係で身分が低い分、怒った顔、泣いた顔、笑った顔とそれぞれユーモラスな
豊かな表情をしています。

人形のこう言ったストーリーを知った上で段飾りを眺めてみると色々想像が膨らんで
なかなか楽しい物です。

こう言った雛人形のお顔は頭ばかりを作る人形職人さん、頭師(かしらし)の手によって
一つの段飾りに飾られる人形を統一して作ります。
そうするとそのワンセットの人形達が皆同じような雰囲気を持ち、調和が生まれます。
人形職人さんには他に髪を結う結髪師、人形の表情のもう一つの決め手になる手足を作る手足師、
小物を作る小道具師と、胴体と着物の着付け、全体の組み立てを行う着付師、
とそれぞれ専門家がいて流れ作業で一つの人形が完成します。


≪ひな祭りのお菓子≫
【菱餅】
古代中国では3月3日頃に春の七草を入れた団子を食べる習慣があったそうです。
それが日本に伝わり、ヨモギを入れた餅を食べるようになりました。
ヨモギの香りには邪気を払う魔よけの力があるとされ、増血作用のある薬草として重宝されていました。
菱餅も最初はヨモギ入りと白餅の二色だったのですが、後に下から新緑を表す緑、純白の雪を表す白、
桃の花を表すピンクという形が定着しました。
そこには春になると雪の下には新緑が芽吹き、桃の花がつぼみをつける
といった風流な意味が込められています。

【ひなあられ】
元は新米を煎って、はぜさせたお菓子だったようです。
後に豆を入れたり砂糖で味付けしたり、色付けなどの工夫がされ、現在の形になったようです。
お米を蒸して乾燥させ、煎って膨らませて、熱いうちに色を付けて作られます。

【白酒】
お菓子ではありませんがとろりとした甘いお酒はひな祭り独特の味わいです。
日本の祭りに欠かせない御神酒は体を清める意味があります。
室町時代頃から各地で作られていた白酒が雛祭りの定番となったのは江戸時代と言う事です。
餅米とうるち米が原料で搾らずにすりつぶして作るためとろみのある白いお酒になります。
今は子供向けにアルコール分のないものも売られていますのでみんなで楽しむ事ができます。

【よもぎ餅(草餅)】
華やかさはありませんが昔からあるひな祭りの和菓子といえるでしょう。
菱餅のところでも説明しましたが、もともと厄よけの意味の強いひな祭りに
魔よけの意味を持つ薬草を使ったお餅が好んで食べられました。


≪ひな祭りの花≫
【桃】
中国では、桃は子孫繁栄をもたらす霊木で、その実は不老長寿の仙薬とされる伝説があります。
俗世を離れた理想郷は桃の花が咲き乱れる「桃源郷」とした物語もあります。
まだ寒さの残る季節に、幾重か重なった薄い桃色の花が芳しく咲き誇る姿は
本当にうっとりとさせられます。
ちょうど旧暦の上巳の頃に美しく咲く桃の花には邪気を払う力があると尊ばれ、
好んで飾られたと言う事です。
また、桜の花びらを浮かべた桃花酒(とうかしゅ)を飲むとどんな病でも治る
と信じられていたそうです。
雛壇の最上段、内裏びな二人の間の三方飾りはこの桃花酒だそうです。

【桜橘】
雛壇に飾られる桜と橘(たちばな)は、京都御所にある「左近の桜」「右近の橘」
向かって右が桜で、向かって左が橘です。
天皇の左(東)を守る近衛兵を「左近衛」、右(西)を守る近衛兵を「右近衛」と呼ぶことから
名付けられているそうです。
つまり雛壇にも登場する左大臣、右大臣と合わせて、左大臣側に桜、右大臣側に橘となります。

【桜】
春の代表的な花です。

【橘(たちばな)】
蜜柑と同じ柑橘類で、日本では万葉集の時代から和歌に多く詠われる馴染みの深い木です。
大昔より日本に自生している常緑樹で冬でも緑を失わない様子と美しい果実、
芳しい香りが尊ばれました。
また神の化身とされた蝶の幼虫が育つことで神代と世俗を結ぶ神の依代(よりしろ)と考えられました。

 4月9日(日)の記事
 ルロ

 ルロは、柑橘系のトロピカルフルーツでコロンビアのアンデス山脈などで穫れ、
悪玉コレステロールを減少させたり、肝臓機能を正常に保つ働きが期待できる“イノシトール”と言う
新陳代謝を活発にする栄養素を多く含んでいるそうです。

      夏バテ予防にオススメ!

 4月11日(火)の記事
 ツバメ

「ツバメが巣を作る家は幸せがやってくる」と言われています。

スズメ目ツバメ科の小鳥の総称。
全長約17センチメートル、長い翼と二またに分かれた尾は細長い。
背面は金属光沢を帯びた青黒色で、腹面は白色。額と喉は赤褐色。
速く飛ぶことができ、飛びながら昆虫を捕食する。
春、全国に渡来し、人家などに泥や藁で椀形の巣を作って繁殖する。
秋にフィリピン・マレー半島などに帰る。世界各地に分布。
その他の呼び名:ツバクラ。ツバクロ。ツバクラメ。玄鳥。


「 すずめの孝行 」
昔、つばめとすずめはきょうだいで、遠くへ働きに行っていました。
ある日、親が死にそうだという知らせがあった時、すずめはお歯黒を付けていましたが、
やりかけで普段着のまま駆け付けたので、死に目に会う事ができました。
つばめは、出掛けに頬紅を付けたり、着替えをしたりお洒落をしていたので、
家に着いた時には、お弔いが済んでいました。
そこで、神様は親孝行なすずめには、穀物を食べる事を許し、
つばめには、虫を食べる事を命じたと言う事です。

今でも、すずめの口の縁が黒いのは、その時のお歯黒の痕だと言います。
また、つばめのように綺麗でないのは、普段着のまま駆け付けたからだと言います。
つばめは姿こそ綺麗ですが、虫しか食べられないのは、親不孝の罰が当たったからだと言います。

 4月12日(水)の記事
 秩父の春 山草

(写真左)左から黄花イカリソウ・春欄・羅生門葛・赤花イカリソウです。
(写真右)羅生門葛の花が咲いたものです。

イカリソウは、
船の碇に似ている事から名付けられたものだとされています。
花の正面から見ては少しも似ていませんが、
真横から見ると確かに似ています。
漢方薬・強壮剤としても有名な植物です。

秩父では春蘭をじんじんばぁと言います。
山の中で、ひっそりと白い花を咲かせる野生の「蘭」の一種です。
羅生門葛とは、花を羅生門で切り落とした鬼の腕に例えたと言われています。

 4月15日(土)の記事
 頭の中の消しゴム
 
【ボケ】痴呆については脳の病的老化と考えられ、老齢人口の4.5%を占めると推定されています。
これらは進行性の精神障害で日常生活にも支障を来し、大きな家庭問題になっています。
これに対して老人ボケと言われる状態は病気ではなく、生理的な脳の老化と考えられ、
少し物覚えが悪くなったりする程度で日常生活に支障を来すことはありません。
この痴呆とボケ状態の区別ははっきりさせておかなければならない。

【痴呆症】段階的に進行し、記憶障害から始まって知的能力が全体的に低下してしまう、脳の病気。

【認知症】正常であった脳の知的な働きが、後天的な色々な病気によって、持続的に低下した状態の事。
『脳血管性認知症』脳梗塞(脳の血管に血栓という血の固まりがつまった状態)、
脳出血(脳の血管が破れて出血した状態)など脳の血管に異常が起きた結果、認知症になるもの
『アルツハイマー型認知症』脳の細胞が変性したり消失した結果、脳が縮んで認知症になるもの。

【アルツハイマー】脳内のβアミロイド蛋白と呼ばれる異常な蛋白質が脳全般に蓄積するために、
脳の神経細胞が減少(死滅)、脳の萎縮が進行し、記憶や判断力などの知的機能が著しく低下、
即ち「痴呆」状態となり、いずれは死に至る事もある原因不明の難病。

【健忘症】一般に、記憶力が悪くなり、忘れっぽいことを健忘症といっていますが、
医学的には、これは記憶力減退といいます。

記憶力は、その時々の身体の調子にも左右されて、疲れたり、寝不足の時などには減退するものです。
特に病的に忘れっぽくなるのは、老年性痴呆、脳動脈硬化症、てんかん発作を繰り返したとき、
アルコール中毒、頭部外傷のあとなどに起こります。
そしてこれらの場合には、記憶力の減退を自分で感じないのが普通です。

また、これとは別に神経症(ノイローゼ)で、自分自身で記憶力が悪くなったと感じているだけの場合もあります。
 4月29日(土)の記事
 桜

吉田と小鹿野の堺にある「みどりの村」には、変わった八重桜(写真1・2)があり、今が見頃です。


『ウコン(鬱金)』と言い、花弁が10〜25枚で微淡黄緑色をしています。
東京の荒川堤で栽培されていた品種だそうで、
花が淡黄色で珍しい事から全国で栽培されており、
欧米でも好まれている品種なんだそうです。
花の色が鬱金色(染物)から鬱金と呼ばれています。



『ギョイコウ(御衣黄)』 花弁10〜20枚の淡緑色した花です。
荒川堤にあったとされ、花が淡緑色の珍しい品種です。
満開時に花の中心が、紅色に変化したり紅色の線があらわれるのが特徴です。



我が家の庭に咲いている『カンヒザクラ(寒緋桜・薩摩緋桜)』と思われる桜。
花濃紅色の花弁5枚の平開しない花です。
沖縄県石垣島に本種の自生地があり、暖かい地方で生育しているので寒さには弱いそうです。
沖縄では、早春から開花し、花の色が濃い事からカンヒザクラと呼ばれています。
学名の「campanulata」は「鐘形の」という意味があり、花が平開せず鐘形であることから、
名付けられたと言われています。
 

 5月4日(木)の記事
 GWの由来
ゴールデンウィークは、1951年(昭和26)現在のゴールデンウィークに当たる期間に
上映された映画「自由学校」が、正月やお盆興行よりヒットしたのを期に
多くの人に映画を見てもらおうと当時、大映専務であった松山英夫氏が作った造語で和製英語である。

ゴールデンウィークという言葉の由来は、ラジオで最も聴取率の高い時間帯「ゴールデンタイム」に習ったもので、
当初は「黄金週間」と言われていたが、インパクトに欠ける事から、ゴールデンウィークとなった。
また、ゴールデンウィークに続き、11月3日の文化の日を中心とした休暇や催し物の多い一週間を
「シルバーウィーク」と命名したが、この言葉は定着せずに消えていった。

その他、ゴールデンウィークの語源には、4月末から5月初旬にかけ、
ロッキー山脈の雪解け水で砂金が沢山取れた為、その時期は金鉱探しに人々が流れ、
休日状態になってしまった事から、ゴールデンウィークと付けられたとする説。

東方見聞録の中で、日本を「黄金の国ジパング」と紹介したマルコ・ポーロが、
日本に来日したのが5月初めであった事から
ゴールデンウィークと付けられたとする説などあるが、何れも俗説である。

因みにNHKのニュースでGWを言う時は、映画業界の宣伝になる為「大型連休」と言っている
 5月5日(金)の記事
 端午
「端」は初めの意、「午」は「五」に通じ、「五月初めの五日」の意。

五月五日の節句。
古くショウブ・ヨモギを軒に挿して邪気を払う風習があったが、江戸時代以後、男子の節句とされ、
武家で甲冑(かっちゅう)・幟(のぼり)を飾ったのに習い、町人も武者人形などを飾り、
鯉幟(こいのぼり)を立てるようになった。

粽(ちまき)・柏餅を食べ菖蒲湯をたてたりする。

現在は「こどもの日」として国民の祝日の一つ。
端午の節句・端午の節(せち)・あやめの節句・菖蒲の節句・重五(ちょうご)・端陽等とも言われる。
 5月24日(水)の記事
 花天麩羅


アカシア:秩父ではアカシャと呼んでいる藤に似た白い花。
この季節、藤の香に似た甘い香りを漂わせています。

       我が家では、この時季アカシャの天麩羅を作ります。
       採取出来る期間は短く、言うまでも無く『旬のもの』
       蕾では、まだ早すぎ。
       開花しては、遅すぎる。
       一房に開花した花と蕾が残っている程度は食べ頃なのです。

アカシャは、高級蜂蜜の原料となるものですから天麩羅にしても仄かに味も香りも甘いのです。

【追記】
ハリエンジュ(針えんじゅ)
ニセアカシアとも呼ばれるマメ科の落葉高木。

ほとんどの種が北アメリカ南東部の原産で、枝から垂れ下がった総状花房に白色の蝶形花をつける。
(写真または、藤の花を想像してください)
枝にトゲが対になって生えている。
約20mの高さに生育する高木で、日本へは明治初期に入り、適応力が強く生長が早いので、
北海道〜沖縄まで広く植えられており、河原などに野生化している。
葉は家畜の飼料にも利用され、花はミツバチが好む優秀な蜜源でアカシヤ蜂蜜として販売されている。

ハリエンジュ(ニセアカシア)は、しばしばアカシアと混同される。

日本の詩歌、小説などで「アカシア」の名で描写されている植物のほとんどがハリエンジュである。

歳時記を見るとアカシヤの季語は夏になるが、黄色い花のフサアカシヤ
別名ミモザもアカシヤと呼ばれることがあり、これは春の季語のようです。  

 6月2日(金)の記事
 スイカズラ
水無月の命短き 匂う花
私の好きなスイカズラ(吸葛)の花が咲き始めました。
別名もあるが「冬忘」と書いて「すいかずら」と読むのが好きだ。

道路脇の山の斜面から垂れ下がったり、木や丈の高い草につるを巻きつかせ、
仄かに甘い香りを漂わせ、白と黄色の花をびっしりつけて咲いている。
傍に行って匂いを嗅ぎたくなる。この甘い香りに安らぎと心のときめきを感じる。

〔別名〕 にんどう(忍冬)  きんぎんか(金銀花)
〔区分〕 野に自生、薬用植物
〔概要〕 初夏、並べて2個の白あるいは淡紅色の唇形の花をつけ、次第に黄色に変わる。
     茎・葉を乾燥したものは生薬の「忍冬」と呼び、利尿・健胃・解熱に用いる。
     花は吹き出物の洗浄に用いる。
〔由来〕 「吸葛」の名前の由来は、花に蜜があり、それを童が吸ったことから。
     「忍冬」は文字通り常緑で冬を耐え忍ぶから。
      咲いた当日は白で次の日には黄色に変わるので「金銀花」の名もある。
〔花言葉〕 愛の絆

 6月5日(月)の記事
 さるなしの実

    
さるなしはキウイフルーツの原種で、香りが良く日本のマンゴーと呼ばれるほど栄養価が高い
日本古来の果物です。
幻の珍菓と呼ばれるぐらい、採取が困難になってきていると言う。
美味しいことで知られ乱獲がたたったのでしょうか?
熊の大好物といわれており、熊はサルナシを求めて山々を駆け巡るのだそうです。

マタタビの木と似ており、近くに生えていることが多い。
マタタビと違いあまり実のなる木が少なく、また実は絡まった木の高いところにつけて、
なかなか運良く見つけても採取は困難です。
毎年同じ木に出ることが多く一度見つけておくと、毎年採取できます。
木の実では、一番美味しい木の実で人気があるため採取され続けられ、資源が少なくなり、
貴重な木の実になってきました。


【さるなしについて】
さるなしはマタタビ科の植物で、山野に自生するツル性低木。
5月下旬頃に五弁の白くて可愛らしい花をつける。
9月〜10月になると果実はモスグリーンでサクランボほどの大きさの実をつけ、
熟した果実は柔らかく、キウイフルーツのような甘酸っぱさと香りが漂い、生食できるようになる。

「さるなし」の語源はサルが好んでこの実を食べ「猿が食べる梨」ということからきており、
地方によっては別名として
  シラクチヅル(白口蔓)
  コガ・・・・・・岩手県
  こくわ・・・・・山形県・北海道
  ひらくち・・・・岡山県・福島県・長野県とも呼ばれているようだ。

また「日本のキウイフルーツ」・・・味がキウイに似ていることから
「日本のマンゴー」・・・・・・芳醇な味から
「幻の珍果」・・・・・・・・・クマの好物で採取が困難、市場に出ないことから
「日本の野生果実の王様」・・・味と栄養分から
とも評されている。

味はキウイのものにとても近いわけだがそれは当然で、ニュージーランドの学者が
中国の「さるなし」を持ち帰って品種改良して出来たのが実は現在の「キウイ」なのである。
「キウイ」の祖先こそ「さるなし」である。


【さるなしの効用】
さるなしは
  アラビノガラクタン・果糖・ビタミンB6・ビタミンC(特にビタミンCはレモンの10倍)
  ビタミンE・ペントーズ・ペクチン・ミネラル(鉄・マグネシウム・カリウム)・食物繊維
  などを多く含んでいるのでまさに”栄養の宝庫”と言える。

これによってもたらされる効能は
  新陳代謝・滋養強壮・健胃整腸・疲労と病後の回復・不眠症・補血・鎮静・便秘予防・
  高血圧予防・美容と多種多様で、古来より不老長寿の果実として珍重されていた事も頷ける。
  また、ビタミンCやビタミンEは毛細血管を広げて血行をよくしてくれるため、
  更年期の症状を軽くしてもくれるそうだ。

さるなしの 栄養成分 (100g中)
成分     さるなし   キウイ   リンゴ   イチゴ
カルシウム    41    27     3    17
リン       49    26     8    28
カリウム    320   320   110   200
カロチン    230    65    11     6
ビタミンA   130    36     0     0
ビタミンC   180    80     8    80
ビタミンE   4.6   1.2   0.2   0.4
食物繊維    2.2   1.3   0.5   0.8
 
 6月7日(水)の記事
 じゃが芋の・・・
じゃが芋の花が実を付けました。珍しいことだそぅです。

とある大学の教授が
「じゃが芋はトマト科の植物であるから、上にはトマト。
下にはじゃが芋を成らせる事が、出来るはず。」と研究に研究を重ねたよぅですが・・・

未だに発売されていないところをみると
どぅやら失敗したらしい・・・

現実そぅなったら一石二鳥。無駄のない、夢のあるお話ですよね。
研究止めてしまったんかな?
 6月7日(水)の記事
 6月6日は何の日
【かえるの日】
蛙の鳴き声「けろ(6)けろ(6)」の語呂合わせから
「かえるの友の会」の会員である作家の矢島さらが1998(平成10)年に提唱しました。
河鍋暁斎記念美術館内にある「かえるの友の会」は、
かえるに関する情報交換を始め、イベントなどを企画しています。

【邦楽の日・楽器の日】
全国楽器協会が制定。
【おけいこの日・生け花の日】
昔から、芸事は6歳の6月6日から始めると上達すると言われていることから。

【コックさんの日】
「かわいいコックさん」の絵描き歌の中に「6月6日」が出てくることから。

【兄の日】
姉妹型、兄弟型の研究で知られる漫画家の畑田国男さんが提唱。
双子座のほぼ中間に当る6月6日を記念日としました。

【恐怖の日】
新約聖書の以下の一節に因みます。
「また凡ての人をして、大小・貧富・自主・奴隷の別なく、或はその右の手、あるいは其の額に徽章を受けしむ。
この徽章を有たぬ凡ての者に賣買することを得ざらしめたり。その徽章は獸の名、もしくは其の名の數字なり。
智慧は茲にあり、心ある者は獸の數字を算へよ。獸の數字は人の數字にして、その數字は六百六十六なり。
                                        ヨハネの默示録13:16〜18 」
映画『オーメン』に出てくる「666」という数字の根拠は上記の一節です。

【飲み水の日】
東京都薬剤師会公衆衛生委員会が1990(平成2)年に制定。
「薬だけでなく健康に関わり合いのあるものに貢献して行くのが薬剤師の仕事」として、
東京の水道水の水源である利根川等の水質検査を行っています。

【補聴器の日】
全国補聴器メーカー協議会と全国補聴器販売店協会が2000(平成12)年に制定。
6を2つ向かい合わせにすると耳の形に見えることから。

【ヨーヨーの日】
ヨーヨーを世界的に有名にした立役者であるアメリカ人のドナルド・F.ダンカンの誕生日。

【ほんわかの日・家族だんらんの日】
読売テレビが1995(平成7)年に制定。
1993(平成5)年ほんわかした空気を大切にし、
もう一度家族の姿を見つめ直すことを基本コンセプトとした番組『大阪ほんわかテレビ』が放送を開始しました。
 6月1日(木)の記事
 つとっこ

秩父の郷土料理とでも言えばいいのでしょうか。

一見、粽(ちまき)にも似たこの食べ物こそが『つとっこ』である。
地域によっては「つつっこ」とも呼ばれている。

『つとっこ』の基本は、もち米と小豆である。味付けに塩。
これをこの時季の栃の葉で巻き、茹で上げる。(または蒸かす)

もち米に栃の葉の香りがほんのりと移り、
何とも田舎を思わせる食べ物である。

昨今、この地においても作る家庭は珍しくなっている。

予想するところ。。。
『つとっこ』は保存食である為、田畑や山へ野良仕事・山仕事に行く時や祭りの時に食したものと思われる。
現在、もち米を使っているが、昔はうるち米を使用していたのではないかと思う。

「さぁ どぅぞ じぎせず 食ってみさっせぇ」
「うめぇだんべぇ?」


【栃の木について】
・「と」は数字の十で、実が多い木の意味から。

・30mくらいの高さになる。

・白い花がロウソク状に盛り上がって咲く。

・花からは蜜が、種子からはでんぷんがとれる。
特にトチ蜜は最高品質のものとして知られている。
また、材は家具や楽器などに使われる。

・栗のような形の実(み)はすりつぶして渋抜きして「とち餅」にする(そのままでは渋くて食べられない)
また、この栃の実は縄文時代から重要な食料で、どんぐりなどとともに主食の一部だった。

・パリの並木で有名な「マロニエ」は栃の木と同じ仲間の樹木。「マロニエ」=「西洋栃の木」
また「マロニエ」には白花だけでなく、ピンク花の品種もあるらしい
 

 6月13日(火)の記事
 にやんめ&どどめ


ゆすらうめ(梅桃)= にやんめ(秩父弁)
  バラ科サクラ属の落葉低木。中国原産。江戸時代の初めに渡来。
  春に、新葉と同時に白または淡紅色五弁花の小花(約1.5cmくらい)が咲く。
  果実は初夏に径約1cmの球形で赤く熟し、食せる。




桑の実 = どどめ(秩父弁)
  路草の桑の実は、実が大きい。
  桑取りようの桑の実よりもおいしいのです。
              最近はジャムなどに加工され販売もされています。
  子供の頃、学校帰りなど道草しながら食べたものですが、
  さすがに大人になってからは食しませんね。

  「どどめ喰う奴はワンワン(犬)だ」と言います。  

へいトップでやんすね          そなた迷われましたな?

埼玉県の山奥にこんな食堂ありました 道草大衆食堂何茶亭